成績を上げたい・・・苦悩は続くよ、どこまでも。

中学受験

わが子の学力や成績を上げたいが、なかなか思い通りに成績が伸びないことがあります。やはり親なら誰しもわが子には、偏差値が高く、有名大学への合格者が多く、誰もが知っている有名な学校に行かせたいと思うはずです。そしてこれは親の見栄では無く「子どものために」です。と、言うのは偏差値の高い学校は知性のある優秀なお子さんたちが集まっているはずだし、ご家庭も教育熱心で放置子や道路族などとは無縁のしっかりとしたご家庭であると思うからですよね。もちろん中には学校の校風やカリキュラムが気に入って志望されるご家庭もあるでしょう。でもそれって本音でしょうか?やはり多かれ少なかれ周りの人の目や面子を気にしたりしていませんか?

書籍「反応しない練習」を読んでみて心をコントロールすると楽になる。

私はもともと宗教学が好きで、好きが高じてインドで2年くらい暮らしていました。ヨガ関連のアシュラムにも滞在したのですが一向に「煩悩」は消せことができず今に至っています。

しかし、「反応しない練習」著・草薙龍瞬を読んだらすんなりと理解できたのです。

本の中で、作者は

悩みは「消す」ことができる。そしてそれには「方法」がある。

「反応しない練習」著・草薙龍瞬(KADOKAWA)

と、言っています。さらに

「悩み」をなくそうとしないで「理解」する。つまり、悩みがある>悩みには理由がある>悩みには解決策がある。例えば人の目が気になったり、嫉妬心が芽生えたり、誰かと比べて優劣や勝ち負けにこだわってします心理が沸いてきたら「この反応は承認欲だ」と理解し、それ以上反応しないことだそうです。承認欲とは認めて欲しいと思う事です。でも人に認められたところでそれが一体なんなんだ?ということです。

「成績を上げる」という目標は実体のない完全なバーチャルなの?

受験期の親、学校や塾の先生たち周囲の大人は「点数」「順位」「判定」などで子どもの価値を計る物差しを突きつけます。認めてもらいたい子どもは成績を上げることを目標として良い点数を取る「競争」に参加します。

この「競争」を作っているのはただの価値観、判断、つもり妄想です。「点数」という記号に価値を見る大人たちの勘違いが作り上げたもの。子どもの成績がよければ、自尊心(承認欲)を満たせるし、過去に得られなかった勝利を子どもを通じて手にしたいという願い(怨み、ルサンチマン)があります。

「反応しない練習」著・草薙龍瞬(KADOKAWA)

人は妄想を抜けられないから成績という記号への執着も捨てられない。

子どもも勉強によって「プライドを守る」ようになります。自分に満足することができなくなり、「成績が良い」「頭がいい」といった承認欲を満たすためどこまでも勝ち続けようとし、いつまでも人の目を気にするようになります。

この世界は、闘いと、言い争いと、心配事と、悲しみと、物惜しみと、「わたしがいるぞ」という慢心と、放漫と、誹謗中傷に取り憑かれている。やがて必ず喪失にたどり着くさまをみて、私は空しくなった。

スッタニパータ〈闘い〉と〈武器〉の節

叶わなかった過去の願いが苦しみを生んでいる、から逃れるために

作者にある母親から相談があったそうです。

「娘が勉強をしなくて困っています。どうすれば勉強するようになるでしょうか?」と。

この母親は娘を最難関の○○大学に行かせるため、超スパルタ教育を売りにしている中高一貫校(どこだろう?)に通わせていました。

ご多分に漏れず「娘にはいい人生を送らせたい」と語っていたといいますが本音は「自分が受験に失敗したから、娘の人生で挽回したい」という思いがある様子であったそうです。

そしてこの母親はこの「受験に失敗したこと」という挫折感と欠落感が苦しみ(怒り)となり、鬱になり娘に八つ当たりするようになったそうです。娘は情緒不安定になりリストカットをしてしまいます。命はとりとめましたがまだ母親はその事件の後も娘への辛辣な態度と勉強の強制をやめませんでした。作者に質問をしたのもその事件の後だったそうです。

その後、その娘さんは高校を中退して大学へも進まなかったとのことです。

この母親も「判断」(思い込み)の犠牲者です。その判断が自分への怒りを生んでいます。

良い大学に行きたかった(願い)と行けなかった(判断)が執着となって自分と娘を苦しめ

ていたのです。叶わなかった過去の願いが苦しみを生んでいるなら、これらの「執着」を手放さなければずっと苦しみ続けます。

まとめ

まさに「執着」を捨てると楽になるとはその通りです。

かつて昨年の小学校受験でひとり必死になっていました。終わってみるとなんてことない。なんであんなに国立小学校に執着していたのだろう」って思ったのが良い例です。

入試に落ちたらお先真っ暗、冬に土屋鞄製作所で売れ残った公立小学校用のランドセルをしぶしぶ買うのだろうな・・・と暗澹たる思いでいました。これぞまさに「判断(思い込み)」。しかし12月でも入店は予約制でしたが(コロナのせい!)土屋鞄製作所ではキラキラとしたランドセルがたくさん控えていました。オーダーし3月半ばまでには届きましたよ。

要はどのような結果になっても何とでもなるし、最悪の事態はほとんど思い込みでしかないことです。地方の田舎出身の私は突出した成績も特技もなく、短大出身でなんとか人生やって来たのですが、エリート層の世界を覗いてみたいという願望があります。またミッション系女子校など興味深々です。わが子がどのような道を進むのかはまだ未知数ですが自分で決められる年齢になるまでは、精一杯後押ししていきたいと思います。まだまだ煩悩を捨てきれませんが、僧侶の教えを肝に銘じて悩みを理解し反応しないようにしていきたいと思います。

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